連続テレビ小説『舞いあがれ!』ついに終わりましたね。
本作品で私はなにわバードマン編に「大阪公立大学 堺・風車の会」のOBということでここの一員として、更には資料提供として本編のクレジットに名前が載りました。
実は提供した資料の一部は劇中ポスターで使って頂きました。1枚目は実際に60kmの大会記録を持つBirdman House 伊賀さんの1号機。テストフライトの時お手伝いで撮影したもの。2枚目は2018年風車の会の記録飛行で撮影隊員が撮ったものです。 #舞いあがれ #人力飛行機考証 #舞いあがれ美術図鑑 https://t.co/MfuK6NrapX pic.twitter.com/5CmWj9X3Hb
— 雪夜彗星 (@sncomet) 2022年10月28日
最後まで通して見て「よくここまでやってくれた!」というところも「どうしてこうなったんだ」というところもありましたが、総じて熱い展開の物語だったと思っています。せっかくなのでちょっとした関係者として、あるいは口煩い一般飛行機野郎として思ったことをつらつら書き記して行こうと考えた次第です。
なにわバードマン編以外のパートについては一切関わっておらず脚本も渡されていなかったので一般視聴者と同じ視点になります。
今まで朝ドラは仕事に行く前や、Twitterのトレンドで少しばかり見る程度に追いかけたのですが、今回ばかりはTwitter上の反応や色んなインターネット記事を読み漁っていました。
■なにわバードマン編
本当はなにわバードマン編の放映が終わったあたりに何か書こうと思っていたのですが、後輩にチームブログでの記事依頼があったので最終回まで待つことにしていました。
私は航空学校に行っていないのでどこまで現実味がある描写だったのか分かりませんが、なにわバードマン編に関していえば本当に実際の人力飛行機関係者の雰囲気がよく出ていました。正直、ここまで描いてくれるか、というぐらいの再現度でした。
一週目の「リブ破損」「書類落選」「テストフライトクラッシュ」というコンボは完全に狙いに来ていると思われても仕方がないぐらい、観てて胸が痛む展開でしたね。人力飛行機やってて辛い出来事詰め合わせセットですよ、本当に(褒めています)。
読み合わせや撮影の現場等にも立ち会い、作業やテストフライトの演技について教えたのですが、元の脚本が良かったのも大きかったでしょう。ここは脚本家の力もさることながらインターステラテクノロジズ代表で東京工業大学MeisterのOBの稲川さんの考証のおかげだと思っています。そこに拙作の映画『俺ら、夏鳥』の影響もあると嬉しいなあ。ちなみにこの作品はこちらからDVD販売中ですので興味がありましたらぜひ買って頂けると嬉しいです。
なにわバードマン編の最大の見せ場、琵琶湖岸での記録飛行は本当に色々と拘って作り込んで頂きました。鳥仲間に本作を勧める時は大体「飛行宣言板やTバーまで作ってもらえた」と言えばウケて興味を持ってもらえています。
#舞いあがれ ついに始まりました記録飛行。コンテストと違って自分たちで場所の利用申請やボート、救助ダイバー、公式立会人、ライセンスなどを手配しないといけませんし決まりも色々あります。全部というわけでもないですが、劇中でも「記録飛行に必要なもの」が再現されています。 #人力飛行機考証
— 雪夜彗星 (@sncomet) 2022年11月8日
かと言って全部が全部、現実的なものでもなくて「劇中のような状況での飛行からの骨折」も考えづらい話ですし、何より記録飛行前日にたこ焼きパーティは出来ないですね。部員は準備に追われて心身ともに疲れてそんな時間と元気はありません。
ちなみに2018年の記録飛行の時は私は既にOBだったにも関わらず銭湯のお休み処で仮眠して閉店に合わせて撮影隊の面々とともに彦根港に行きました。
余談ですが、舞いあがれ世界では大会で未練を残していつまでもOBチーム等で関わっているような人たちのことを「イカロスの亡霊」なんて言われていそうですね。実際に「琵琶湖の亡霊」となってしまう人がいますから。
大会じゃなくても綺麗に飛んで終われたら本当に幸せな方だよな。実際は無慈悲に夢が潰えて、琵琶湖に魂を囚われた亡霊になる人達が毎年いるわけで。#舞いあがれ
— so1ro (@533so1ro) 2022年11月9日
目標達成を出来なかったとしても部員たちが満たされる(未練を残さない)展開で本当に良かったです。
一年生で成仏できる鳥人生、歩んでみたかったですね……。
■空飛ぶクルマ
製作当初からあらすじに「五島列島の島々を結ぶ小型電動飛行機を飛ばす事」とあったので俗に言う「空飛ぶクルマ」が出てくるかと思っていたのですが、こんな形で出てくるとは思ってもいませんでした。
刈谷先輩を始めなにわバードマン編の登場人物が再結集して飛行機を作る、といえば確かに「熱い展開」ではあるもののあれだけ人力飛行機の設計に入れ込んでいた人が有人マルチコプターを作るのか、というのはあまり現実にはない展開かと。鳥人間OBは有人マルチコプターに関して否定的な連中が多いので。
ただ一般には人力飛行機を作っているから空飛ぶクルマ(有人マルチコプター)を作る、自然な流れと考えてしまうのは止むを得ない事だと思いますが……。主人公がIWAKURAで作るとか全く新しい人たちと作るものかと思っていたので、ここまでなにわバードマンのOBたちががっつり関わる展開がわかっていれば私も一言、監修の時言えたのになあ、なんていう後悔もあります。
でも最後に登場した「かささぎ」は有翼のティルトローター機でちょっとホッとしました。ツッコミどころは内装はじめとして色々あるのですが、最後まで有人マルチコプターにならなかったのでまあよしとしましょうや。
ただ「それから、六年」という貴司君のナレーションで省かれてしまった間こそがえeVTOL「かささぎ」開発のドラマがあったかと思うので飛行機野郎としては気になるところです。ティルト機構の開発やら各種証明の取得やら……。ここは今までの伏線を最後にまとめて回収するためにこうしたのかな、とも思っていますが。
でも間違いなくISO規格(航空機用ネジの話で)や型式証明という単語が出てきただけでも評価に値することでしょう。正直、一般視聴者層からすれば「なんだそれ」という感じで出さずに物語を進める事もできるわけですから。
日本のeVTOL(電動垂直離着陸機)ベンチャー2社やJAXAも撮影協力に入っていたにもかかわらずこの形か、という話も見ましたがどの程度監修に入ってたのか分からないので考証サイドをあまり責めないほうが良いかと。予算の都合もあるでしょうし、伝えても演出やその他事情で受け入れられない事もありますから。
人力飛行機に関してはちゃんとしていた、と言われるとそれは多分、製作サイドがあまりにも情報がなくこちらから本当にあれこれ伝えていたので、それが効いていたのだと思っています。
■物語を通して
細かいところは他にもあるのですが、個人的にいちばん気になるのは舞の高校時代、何をしていたか、なんですよね。あれだけ飛行機が好きならイカロスコンテストや浪速大学に人力飛行機チームがある事を知っている気もするんですが知らない風でしたし……。あのバート・ルータン氏までを知っている人が、という違和感があります。
ただイカロスコンテストはもしかしたら劇中世界では深夜放送などでそこまでメジャーではないのかもしれませんが。
飛行機を作っているやつはどうしてこうも面倒なんだと思うかもしれませんが、それぐらいの人でないと飛行機を作らないのだと思っています。
「舞ちゃんは旅客機のパイロットになってほしかった」や「刈谷先輩は旅客機を作る方にいくものと思っていた」という感想をTwitterで見かけましたが、そんな人に送りたい投稿がこちら。人力飛行機のOBチーム、CoolThrustの代表の方のツイート。
#舞いあがれ は人力飛行機編やパイロット編から町工場編になって何が描きたいか分からん、という意見もある。けど自分には紛れもなく、空にあこがれた日本の若者の物語だと思う。それも残酷なくらいリアルな。その残酷さが悲壮感なく描かれているところが、おそらく卓抜なのだと思う。
— ykuni (@hpap_ykuni) 2023年3月16日
こんな風に取り上げられるOBチームもありますけれど(実際は学生OBで結成されてたまたま何人かが航空系に行った)も、そんなに航空系ばかりにみんな行けるわけでもありませんし、人力飛行機やっていて航空業界やっている会社に入ったとしてもその部署に配属されるとも限りません。劇中だと刈谷はアビキル立ち上げる前には自動車メーカーに行っていましたが、風車の会OBも自動車メーカーに行く人が多いです。
■最後に:『舞いあがれ!』で空へ憧れた人たちへ
ここまで色々と書きましたが『舞いあがれ!』を見て飛行機を作ること、飛ばすことに興味を持ってくれる人が増えたら飛行機チームのメンバーとして、そしてドラマ協力の一人として嬉しいことはありません。
かと言っても「どうやって始めたらいいんだ」という方に向けて空への憧れに取っ掛かりになりそうな事を書いてこの記事を締めたいと思います。誰が読むのか知りませんけど。
鳥人間コンテスト、あるいは人力飛行機に対しては飛行機界隈から賛否色んな意見がありますが、それでも色々な大学にチームがあり、日本では空への入り口としては敷居が低い方ではないかと思っています。
ドラマに協力した人力飛行機チーム、堺・風車の会も新歓シーズンを迎えて部員募集中です。劇中以上に汗と涙でまみれるドラマチックな日々が待っています。「自分の通う大学にはチームがない」という方も風車の会は他の大学の人も受け入れているので近くに住んでいる人で興味があればぜひ連絡を取ってみてください。
ちなみに最初からパイロットやりたい、と思っているならグライダーを飛ばす航空部があればそちらがおすすめです。鳥人間コンテストは「作る方」で全員が飛べるわけでも無いですから。あ、そっち行っても鳥人間コンテストの飛行機を本物じゃない、みたいにいうのはやめてください。鉄骨丸出しコックピットに座らせるぞ。
「昔はやってみたいと思っていたこともあったけれども、もう社会人になってしまったしなあ」という人にもグライダークラブやウルトラライトプレーンという選択肢もあります。空を飛ぶ気持ちよさならパラグライダーやハンググライダーの体験から始めるのも良いでしょう。宇宙関係なら人工衛星を趣味で作っている団体「リーマンサット」なんてどうでしょう。
それにものづくり方面なら飛行機保存にかかわるというのもありです。こちらは航空系の博物館に行ってみるとボランティアを募集しているかもしれません。ちなみに航空機の保存に関しては以下の書籍は本当におすすめです。
» 航空機を後世に遺す歴史に刻まれた国産機を展示する博物館づくり|グランプリ出版
どこに行くにせよ、まずは見学を始めて自分に合うかどうかみてみるのが良いでしょう。歓迎して色々と話して、見せてくれると思います。
空への憧れの、実現の仕方は人それぞれですし、人や運の巡り合せもあるでしょう。『舞いあがれ!』でも途中で飛行機部品への話がありました。
どこでどうなるかなんて分かりませんから、まずは自分の「やってみたい」に従って動いてみれば、多少回り道でも憧れはどこかで、何かしらの形になるかもしれません。
私も芸術大学に通って、興味があるからと風車の会に連絡を取ってみてここまでつながってきた訳ですから。
当初思っていた形とは多少違っても、何かしらの形で続けていれば思わぬ事がおきますよ。